引きこもりの甥が殺人をおこした。
引きこもりの多くは男性だそうだ。
男性が生きにくい世の中だといわれているが、一昔前は女性のほうが自由がなく生きづらい世の中だった。
何が違うのだろう。
素人の私が思うに、重要なのは「存在価値」なんだろうな。
昔も大量殺人とかあったとおもう。
ひきこもりはあったのかな?
(きっと引きこもるような子を養える余裕はなかったよね)
私たちの40代でさえ、経験があるとおもうが、男の子のほうが生まれたときに喜ばれた。(ちょっと前からは女の子を欲しがる親が多いそうだが)
何故、男だと嬉しかったのか?
・跡取り(これは長男に限る)
この二つだろうなとおもう。
男というだけでなぞの自己肯定感が強い(俺は男なんだ)のはきっと上記のような周りの大人の反応から子供自身が自分の存在価値を汲み取ってくるものであったろう。
さらに、男が働く社会であった(女を閉め出していた社会)ため、今よりは仕事(居場所)を見つけるのが容易だったとおもう。(IT化もされていないから簡単で単純な仕事も山ほどあったから)
結婚もお見合いが多かったので、周りが妻をお膳立てしてくれ、自分の家族を作ることが容易にできた。
結果、幅広い層の男が当時でいう「普通」に生きることが容易だった。
(反対に女のほうは生きづらかったとおもうが)
時代が流れ、社会がサラリーマン化し、親がサラリーマンという家庭が増えた。
親がサラリーマンとなり、「家」を継ぐという一番容易な就職先がなくなった男が増えた。
つまり、自分の力で学歴をつけ、就職先(居場所)を見つけないとならなくなった。
そして結婚も見合いよりも恋愛になり、誰もお世話をしてくれなくなった。
一人で要領よく生き抜く力のある男は今の時代でもいいだろう。
でも、そうでない男は、どこに居場所を見つけるのだろう?
女よりも生まれたときの喜びや期待が大きいほど、プレッシャーが強いのではないか。
男の子を育てるのは本当に女親からすれば難しいのではと想像する。
祖父母が男の子を望んでいる(そういう世代だから)場合、男の子を産んだことは母親にとっては息子はとても誇りになるとおもう。
期待通りに育てばいいが、そうでなかったとき、早く自分の期待値を変えられるか?
たぶん、息子の能力に気づく時期はちょうど中学校の頃だろう。
思春期の難しいとき、男の子から男性に体が変化し、暴力や暴言が出る時期と重なり、恐怖を味わうこともあるだろう。
男の子には父親が大事と聞くこともあるけど、きっとこの頃の男の子に対応できるのが父親なんだとおもう。(オス対オス)
父親がこの頃、家庭に不在だったり無関心だと、息子の好き勝手が抑えられないのではないだろうか。
それが外の夜遊びなどに向かえばいいが、内向的な子で家庭内暴力に向かってしまったら、母親にはどうしようもできないだろうとおもう。
つまり、やっぱり、「家」以外の居場所を与えることが大事だという結論にいつもなってしまう。
「家」においておきたい親心もわかるが、親は先に死ぬものだから、仕事も、結婚も、友達も子供には必要なんだとおもう。
十分なお金があれば、確かに、引きこもったまま生活できるかもしれない。
そういう生き方もありなのかといわれればありだが、ゴミの回収とか社会に頼らなければならない部分もあるので、他人に迷惑をかけず上手くやっていく社会性は必要だとおもう。そういう人は引きこもるのかな?という疑問が残る。
※昔は結婚することで、社会性のある妻が対外的なことを請け負ったから問題にならなかったんだろう。未婚化により、社会性のない男の存在が際立ってきたんだろう。
サラリーマン以外の仕事の場を小さい頃からさせておくのが、今のところ一番教育にはいいのかもしれない。
こじらす前に、一次産業とかに長期体験学習、職業訓練などがあると、何人かは救えるのではないかとおもう。
まぁ、親が無職の子にお金を渡しちゃったら、働こうとは思わないよねぇ。。。
難しいね。
宗教から抜けるのと同じで、いつかどこかのタイミングで
「俺、このままじゃ駄目だ」
と気づかないと抜けれないのかな。
で、気づいたときにやけになって無差別殺人じゃねぇ。。。。
もっと、もっと、小さい頃なのかなぁ、やっぱり対応できるのは。
教育学ではどうなっているんだろうか。
貧しかった時代は、誰でも動ければそれなりに存在価値があったけど、今の世の中は便利になり、人間が不要になってきた時代でもあるよなぁと思う。
お金を稼ぐことが存在価値になってしまうと、自分の存在価値を見出せないという人がでてきてもおかしくないよね。
(子供がいれば親としての存在価値があるけどね)
なかなか難しい問題だよね。
元事務次官には、自分の息子のことから、世の中の同じような家庭の救いになるような働きをして欲しかったなともおもう。